2017年8月13日

第38回 成田亨&高山良策

 高山良策夫人の利子さんには、1990年頃、半年に1回は顔を出して、よく成田亨さんの思い出を聞いた。

「成田さんは、怪獣の発注とチェックと称して、よく作業場の高山の所へ来て、美術の話とかしていましたね。円谷プロにいると美術監督だから、いろいろな仕事を持って来られて落ち着かないんだとおっしゃっていました。
 高山が集めた世界の仮面写真集とかパラパラめくって、溜まっていた高山の絵を見て時間を潰していたようです。映画じゃなく、美術の話ができたから気楽だったのかしら」

 高山良策は戦前、日本のシュールレアリズムの巨匠だった福沢一郎の研究所に通い、池袋モンパルナスの画家のメンバーだった。同じシュールレアリズムの彫刻家である成田亨との間には、言葉を越えて互いを認める空気があったのである。

 カネゴンの製作には、胸のレジスターやスリッパのような脚についているランプと、いつもの怪獣には使わないパーツがあったが、涙を流す目(つぶらでカワイイ)、モーターを仕込んで左右に回転する頭部などは、機電(ギミック)担当の倉方茂雄が利子さんと共に走り回って材料を集めた。

 メタリックだったボディも、成田・高山の2人が話し合って、牛革をつぎはぎしたような皮膚感のある不思議な外見となり、空前の怪獣カネゴンの造形が完成していった。

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