2017年10月22日

EX21 劇場映画のキャメラマンの視点

 『ウルトラQ』の各回のドラマ・パートのほとんどを撮影した内海正治キャメラマンは、東宝の劇場映画で丸山誠治監督の『姉さん女房』(1960)以来、千葉泰樹監督の『銀座の恋人たち』(1961)、福田純監督の『情無用の罠』『泣きとうござんす』『暗黒街撃滅命令』(1960〜61)と年4、5本のペースで撮影監督を続けて、1962年からは須川栄三、恩地日出夫といった伸び盛りの俊英監督の話題作から筧正典監督のメロドラマ、『ハワイの若大将』(1963)『国際秘密警察 虎の牙』(1964/いずれも福田純監督)などのヒット・シリーズ、『君も出世ができる』(1964/監督・須川栄三)のようなミュージカル映画までこなしていた。
 
 『ウルトラQ』の撮影には1964年の夏から取りかかるのだが、1962年の谷口千吉監督『紅の空』で特撮パートも経験していて、そう考えると、コメディー・タッチの軽快さから万城目、由利子、一平の会話シーンのモダンさ、アクション物も取り込むエンターテインメント性と、『ウルトラQ』の多彩なTVドラマとしての映像を、東宝映画の撮影現場で鍛えられたキャメラマンが支えたことに改めて思い至る。

 『ウルトラQ』『ウルトラマン』を撮影した後、東宝の劇場映画に復帰した内海正治キャメラマンは、松林宗恵監督の社長シリーズ、坪島孝監督のクレージー・キャッツやザ・ドリフターズ主演のコメディー映画を撮り、やがて東宝テレビ部の『鬼平犯科帳』などTV映画の撮影に参加するようになっていく。
 『ウルトラQ』は、まさに映画で脂がのってきたキャメラマンの充実したテクニックが生みだした映像のドラマだったのだ。

人気の投稿