2017年10月2日

EX2 金城哲夫と「1/8計画」

 合成の中野稔技師は円谷プロの文芸室の室長・金城哲夫とは20歳の頃からの親友で、沖縄の金城家へ遊びに行って、金城が20代で製作・監督した16ミリのテレビ映画で製作助手も手伝う間柄だった。

「金城の実家は焼肉屋をやっていて、お母さんは沖縄戦で片足を失い木の義足を付けているんだけど、〝昼寝するにはこの枕が冷たくて気持ちがいい〟と義足を枕にして寝るくらい明るい人だった。
 お父さんも若いアメリカ兵たちにキング・ジョーさんと呼ばれていて、〝若い者は腹いっぱい食べるがいい〟と息子の金城や弟と同じようにアメリカ兵たちにもご飯を食べさせてくれて、とても慕われていた。
 あの両親あっての金城哲夫だと思った。金城も6,7歳くらいで沖縄戦の中を逃げていたんだけど、金城はそういう戦争の話はしなかったなあ……」
 と中野さんは回想してくれ、「1/8計画」についてこう語った。

「いつもクモやモグラがでっかくなるストーリーが多いから、たまに小さくなる話でも作ったらどうだなんて話したこともある。
 監督の円谷一さんも、由利ちゃん役の桜井浩子を小さく見せるために、8倍に大きくしたセットや、電話機とか鉛筆、写真立てなんかをちゃんと作ったからね。合成で写真立ての裏に由利ちゃんが隠れていて、風船を持った一平が近づいてきたりと凝っていた。
 円谷一さんは、都市のミニチュアに佐原健二と西條康彦が入ってくるシーンも、特撮班に任せるのではなくて〝これもドラマだから〟と自分で演出して、佐原さんに〝スローモーション風に動いて下さい、巨大さを意識して〟と指示していた」

 製作から企画が降りてくるだけの東宝特撮と違って、脚本から、ドラマ班の監督から、特撮班から、それぞれ自由に企画を発信していく。円谷英二社長が考える円谷プロの理想は、全パートが互いを生かしていく映像製作会社だった。金城哲夫は「1/8計画」をそうやって生み出したのである。

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